HOOK:朝、レンタルケースを開けたら知らないSDカードが一枚入ってたんだ。
帰ってきたのは深夜のことで、バッグから機材を出して、そのまま玄関に置いた「借りたケース」を翌朝開けたんだ。いつもなら中身を確認してすぐ返却準備するけど、その日は違った。ケースの隅に、見覚えのない小さな黒いカードが一枚。レンタル品の中身に混ざってるなんて、そんなことある?って思って、つい再生ボタンを押したんだ。
画面に映ってたのは、自分だった。夜中の自宅の廊下を静かに歩く自分。映像の時間は午前二時四十三分。時計を見て、俺は確かにその時間に寝てたはずだって思った。あの日の記憶は曖昧で、目覚ましを消し忘れた癖、鍵置きが微妙にずれてるのに気づいた。でも映像の自分はためらいもなく玄関のドアを開け、外へ出る。画面の角度、棚の位置、コーヒーカップが三つ写るテーブル――すべて俺の家の配置と一致してた。
友達に電話したら、最初はからかわれた。「また何かやらかしたんじゃない?」って。笑いを取ろうとする声の裏で、レンタル会社にも電話してみたんだ。配達のミスか、誰かがケースに差し入れたのか。向こうは調べるけど分からない、とだけ言う。だけど、スマホの置き場所が違ってる日があること、日記のページにぽっかり空白があることを話すと、友達の声が少し静かになった。
家の中をもう一回見回した。鍵はいつもと違う位置、チャックの食い込みが微かにあるケース、そして録音メモが一つ。ボイスメモには確かに俺の声で「忘れるな」とだけ繰り返す短い音声が残ってた。誰かが家に入った痕跡に見える。防犯カメラにはその時間、死角ができていた。すべてが第三者の侵入を示しているようで、でもどこか違和感があった。
映像を拡大して見ているうちに、冷たい事実に気づいた。カメラの向きがいつもと少し違う。でも、棚の傷の位置やコーヒーカップの欠け方、鍵の向きまでは合ってる。つまり、カメラは外部の誰かが無関係に撮ったものではない。映ってる自分の歩き方や、手の癖が、俺が日常でしている仕草と一緒だ。最後の方で、映像の中の自分は何かを手にして、ケースの中へそれを戻す仕草をする。
妙なことに、そのタイムスタンプはレンタル開始の前日を示していた。レンタル会社の説明と合わない。第三者説が崩れ、頭の中で二つの思いがぶつかる。誰かが俺に覚えさせようとしているのか、それとも俺自身が誰かを守ろうとしているのか。コーヒーを三杯淹れる習慣や、目覚ましを消し忘れる癖、スマホを置き忘れること――全部が、何かの合図のように思えてくる。
もう一度ボイスメモを聞いた。音声は間違いなく俺の声で、少し眠たげで低い。同時に、日記の空白の時間帯に関する記述が、妙に断片的に繋がっていくのを感じた。玄関の鍵は夜の間に動かされている。だけどドアロックはかかっていた。映像の最後で、映っている自分がケースの中の隅にあるものをそっと押し込む。指先の力加減まで、俺だけが知っている。
朝、俺はテーブルの上にもう一枚のSDを見つけた。いや、正確には自分の手の中にそれを感じたんだ。心臓が跳ねて、頭の中の空白が少しずつ埋まる感覚。画面の自分が窓の外の暗闇に向かって囁く声が、俺の記憶の端から響いた。「君が置いたんだよ」

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