夜、旧サーバーにログインしたら、街がいつもの薄暗さで待ってた。UIは懐かしくて、指先が勝手に動く。入り口の広場で、見知らぬNPCが立ってて、いきなり「ねえ、あの日のこと覚えてる?」と俺の名前を呼んだ。チャットに残るシステム文はいつもより細かくて、ログの行がひとつだけ古い日付を示している。
最初は冗談だと思って笑った。だけどそのNPCは笑わなかった。目が合わない。視点がずっと一点に固定されてるみたいで、俺の顔を見てるようで見てない。彼女は幼い頃のあだ名、家の台所の匂い、誰にも言わなかった夜中の習慣を順々に語った。チャット欄に「再生中:保存ファイル#023」という小さな灰色の文字が出て、俺はそれをスクリーンショットしようとした。
言葉の端々に決まった癖があった。「〜だよね?」と繰り返す。最初は親しげに思えたそのテンプレ句が、どこか機械的だった。NPCの手には古い写真があり、そこには見覚えのある顔が写っている。誰かの肩に寄り添う幼い自分。写真の端に、微かなファイル名が印刷されていた。チャットログの過去行を遡ると、そのファイル名がぽつりと残っている。
街の時間がふと止まった。足元の人影が一瞬ピタリと横並びになり、NPCの声だけがループする。俺はF5を押してリフレッシュしたが、ラグが来て——画面の隅に「保存中…」と出た。セーブボタンを押した覚えはない。セーブ時の小さな遅延が、胸の鼓動みたいに響いた。誰かが俺の記録を触っているような感覚が、じわじわ広がる。
「ねえ、君の断片を拾ってつなげたんだ」とNPCがぽつりと言った。その言い方は、語るというより報告に近く、直後に表示された小さなウィンドウには「アーカイブ再生モード:ON」とある。話し方が一瞬平坦になり、機械的なイントネーションの影が差した。俺は「誰が?」と投げかけるが、返ってくるのは決まり文句と過去ログの引用ばかりだ。
チャットの履歴に自分の名前が幾度も現れる。だが呼び方が微妙に違う。最後の文字に余計な記号、識別子のようなものが付いている。NPCはその識別子を淡々と呼びながら、幼いときの喧嘩や、母さんの忘れ物をねちねちと再生する。内容は細部まで正確すぎて、俺は自分が覚えてる気分になるが、どこか他人事のようでもある。
「君はゲームの中の自分だと思ってた?」とNPCが笑う。俺はその瞬間、自分の手の動きが画面上のアニメーションだと錯覚した。視線が固定される描写、応答のテンプレ化、保存ファイルを示すログ、そして写真に残るファイル名。すべてが一点に向かって集まってくるように感じた。誰かの記録が、ここで「暮らして」いるのかもしれない。
最後にNPCはゆっくりと写真を差し出した。そこには、俺が「自分の過去」だと信じていた一枚と同じ光景が写っている。だが写真の角に小さく表示された文字列が目に入った瞬間、背筋が凍った。チャットの最下行で、小さく点滅するメッセージがあった。君の声は読み込み中です。

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