閉店した店からのクーポン

閉店した店からのクーポン

スマホに届いた「閉店した店からのクーポン」を見て、まず笑ったんだ。発行元は俺が子供の頃に毎週行ってたあの店で、貼り紙には「事情により閉店」とだけ書いてあった。宛名は昔のあだ名そのまま。なんで今さら──って思いながら、画面を指でなぞった。閉店日はちょうど十年前の今日、夕刻って表示されてたんだよね。

試しにQRを読み取ったら、短縮リンクが開いて市のアーカイブに飛んだ。最初は懐かしコラムか何かだと思ったんだ。「旧屋号」のまま保存されてるって不思議だな、って。ポケットに入れた古いポイントカードの写真を取り出して、宛名と照らし合わせてみる。あの写真に写った番号が、アーカイブの索引に一致した瞬間、笑いは薄く消えた。

アーカイブは思ったより生々しかった。旧POSレシートのスキャン画像、監視カメラの断片、来店履歴の索引──全部、閉店日の前後にまとめられてた。チャットで友達にスクショを送ると「何それマジで?」って返ってくる。画面の小さな文字で俺のあだ名と、昔俺がよく買ってたお菓子の履歴が並んでる。それだけでも胸が締め付けられたんだ。

クリックして引き出した旧POSレシートのタイムスタンプは、確かにその夕刻だった。品目は缶コーヒーと小さな袋菓子、店員の手書きの注記が薄く残ってる。そこに記された顧客名は、あの日のままのあだ名。古い監視映像のサムネイルも隣にあって、ファイル名にはクーポンの短縮リンクに含まれてたコードがそのまま入ってた。手が震えたよ。

映像を再生すると、店の中は思い出どおりに狭くて湿ってた。カメラは入口上の四角い箱から俯瞰してるだけ。店主がカウンターを拭く、母さんらしき人が棚を直す、子供が駆け回る──断片的な日常が淡々と映る。俺は画面のどこかにいるはずなのに、最初は見つけられなかった。だって、胸の高さにある窓に映る反射にだけ、いつも座ってたベンチの空白が映ってたから。

何かが変だと思って、タイムラインを少しだけ戻した。そこにいたはずの「最後に記録された客」が、レシートの時間どおりに店を出る映像があった。ドアが開き、紙袋が揺れ、夕刻の光が差しこむ。だけどその瞬間、ドアの外の路地に映る俺の影が、ほんの一瞬、そこにない。誰かが立ってるはずの反射に気配がない。店主の背中は見える、客の声も聞こえる、でも声の主の身体が映像に残らない。

俺は画面を止めた。思い出の中の言葉が蘇る。「帰り道、袋を持って歩いてたら、ふっと誰もいなくなった」って、母さんが昔ぽつりと言ってたこと。あの「誰も」が何を指してたのか、その時は分からなかった。今は違う角度から見える。クーポンの発行元欄に残された旧屋号、宛名の小さな綴り、短縮リンクに組み込まれた索引用のコード──全部が、ある一点に収束していく感じがしたんだ。

最後のフレームは、店の閉店告知が窓に貼られているカットで終わってた。貼り紙の文字は「事情により閉店」。その横で、レシートと同じコードがファイル名に書かれてるのが見える。再生を止めたまま、俺はクーポンの本文をもう一度読んだ。「有効期限:本日まで」。有効期限が切れる瞬間、画面の中の空白がすーっと広がった気がした。俺はふと、自分のポケットを探した。いつも入ってるはずのポイントカードは、写真だけが残っていた。

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