スマホが数えた命

(HOOK)深夜、スマホの表示が「9999」を指していた。笑えるほど大きな数字。だけど、それを見た夜から、俺の日常は少しずつ音を失っていった。

毎晩、同じ棚でスマホを充電してる。ルーターまわりにケーブルと小さな置物、夜の23時を過ぎるといつもの習慣でヘルスケアアプリをぽちっと見る。最初はただのバグだと思った。「またバグか」と声に出して笑った。画面には心拍数、表示単位も心拍/分らしい ― だけど数字がありえない。「9999」。おかしいだろって、画面をスワイプしても消えない。

翌日も同じ時間に見ると、数字は少し減って「9987」になってた。さらに翌日、「9986」。その変動に、ちょっとだけ興味が湧いた。誰かがトイレに行ったら減る、誰かが外出したら減る。家のドアの音に合わせて、数字がふわりと下がる瞬間がある。隣の犬がいつもより静かな夜、数字がぱたりと落ちたこともある。家族グループの共有案内がメールで来れば、微妙に増減する。俺は自分の心拍が勝手に騒いでるのだと思い込みたかった。友達にスクショを送る。「見てこれ、やべーだろ?」返事は「怖すぎwww」だけ。誰も真面目には考えない。

気になるから調べ始めた。充電してる棚の周りをいじってみると、ルーターのSSIDやBluetooth名に奇妙な表記が混じる。「3F_Family」「Tom_left」「MOTHER_2」。アプリの説明欄には近くのデバイスを検出して……なんて文言はなかったはず。だが、ログをさかのぼると、深夜(23〜3時)にアプリが何度も「スキャン」をかけている記録が見つかる。俺はスマホを持って、家の中を歩き回り実験した。廊下を出ると数字が減り、戻ると増える。胸の鼓動は変わらない。つまりこれ、俺の心拍じゃない。

夜が深くなると、スマホの通知音で目が覚める癖があった。何度も画面を見るうちに、数字の変化に感情が生まれた。1つ減るたびに胸がぎゅっとなって、意味のない罪悪感が湧いた。ある晩、9980が9979に落ちた瞬間、外で救急車のサイレンが近づいて窓の街灯が青白く揺れた。次の日、自治体の掲示板に「近隣で死亡」とだけ書かれているのを見つける。ニュースは小さく、日付も時間も曖昧だった。俺は偶然だと繰り返した。でも、数字が落ちる夜は、いつも誰かの息が止まった夜と重なった。

検証は進んだ。アプリが近隣の複数端末/ウェアラブルを誤認して合算表示している可能性。家族のアカウント共有、ルーターの近接検出、同じ棚での充電習慣――全てが条件を満たしていた。過去の表示と、掲示板の死亡報告を突き合わせることで、偶然以上の相関が見えてくる。怖くなった。俺は誰かの死をスマホで「見届ける」ようになっていた。だが、何より震えたのは、一度も画面の数がゼロにならなかったことだ。

ある深夜、ページの端に小さな通知が残っているのを見つけた。「未読:メッセージ(着信:あり)」。スピーカーを押しても、相手の声は聞こえない。自分の名前を呼ぶ声、家族の怒った声、誰かの泣き声、どれも届かない。手元のスマホを持ち上げたつもりで、ふと気づく。いつもの棚に、俺のスマホが充電器にしがみついてるのが見える。自分の手はそこにない。冷たい床の匂い、部屋の空気がいつもと違う。鏡を見に立ち上がろうとするけど、足が床を蹴れない。頭の中で「動け」と命令するだけで、体は反応しない。

最後に画面を見た時、数字は「9963」になっていた。窓の外で救急車の光が消え、隣の犬の吠え声が戻る。誰かが来て、棚のスマホを手に取り、画面に触れる。声がする。「まだ温かいね」。その言葉は、俺がこれまで聞きたかった言葉でもあった。だけどその瞬間、初めてわかった。俺はスマホの向こう側にいて、自分の画面を見ているのは、もう誰でもない。棚のスマホは、誰かの心拍を数えているんじゃない。ここに「誰か」がどれだけ残っているかを、数えているんだ。

最後の手がかりは、いつもと同じ棚で充電する習慣だ。そこに置いたままの端末は、近くにある“生”を拾って数字にして知らせる。俺はずっと、自分の心拍が数字になって暴れていると思っていた。でも、画面越しに数が減るたび、実際に誰かが消えていった。俺が指を動かせないこと。スマホが手元にないこと。微かに、呼吸音が止まった夜の匂い。説明できるものは全部、棚の近さにまとわりついていた。

朝になって、スマホを持った手が棚に戻された。アプリは静かに「9959」とだけ表示している。誰かが呟いた。「数が減ったね」。その声は遠く、でも確かに聞こえた。俺は答えられなかった。だけど、もう一度だけ、画面の端に見覚えのある習慣が残っているのが見えた――夜中、23時から3時にかけて、誰かが必ずこの棚を覗き込むこと。そして、その誰かが、今ここにいないこと。

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