時計がずれる部屋

【HOOK】毎晩自撮りを上げてた俺の動画の中だけ、壁の時計だけが先へ進んでいた。最初は気のせいだと思った──でも、見るたびに“先”が現実になっていった。

俺は毎晩同じ構図でスマホを置いて自分を撮る。ワンルームの狭い場所、ベッドの横にかかった古いアナログの壁時計、窓の外は深夜の薄い街灯。朝に動画を見返して少し編集してアップするのがルーティンだ。「おはよ」とか「今日は寝落ちしない」とか、画面に向かって他愛ない独り言を言う瞬間が安心だった。だけど、ある朝、アップロード済みの一覧を見て固まった。自分が昨夜上げたはずのファイルのタイムスタンプが、どう見ても「明日の午前」になっていたんだ。

友達にスクショを送ると「バグじゃね?」と返ってきた。送り主からは別に変なメールも来ていた。「見ないでいると楽だよ」。差出人は覚えのないアドレス。古いテレビに写り込む部屋の反射をぼんやり見ていたら、その反射の中の時計が自分の部屋の壁時計と微妙に違う時間を指していて、ますます気持ち悪くなった。映り込みは別の角度から撮った“別の時間”を示しているのかもしれない──そんな疑念が頭をよぎる。

夜、寝る前に別のファイルを見た。そこには寝落ちしている俺が映っていた。ベッドの端で頭を抱えて寝てるだけの映像。普通ならありがちな記録だ。でも、その映像の壁時計の秒針が、普段より僅かに早く進んでいるのが気になった。秒針の進み方っていうのは無意識に目が追うもので、違和感は妙に記憶に残る。あとから気づくと、このときから“映像内の時間”を無意識にチェックする癖がついていた。

試しに短いテスト動画を撮った。スマホの前で壁時計に向かって「今の時刻メモ」と言い、正確な秒を合わせて撮影してアップロード。数時間後、同じファイルを開くと、壁時計の針が数分進んでいた。ファイルのプロパティを見ても、作成日時は撮った時刻のままなのに、サムネイルと映像の盤面に映る時計だけが違う。つまり、映像の中身の一部だけが“書き換わっている”痕跡があったんだ。

誰かが編集してるのかと思った。外部の犯行説、システムのバグ説、精神的におかしくなってる説──色んな仮説をひねり出しては消えた。送り主のメール「見ないでいると楽だよ」が耳にこびりつく。友達から「見ない方がいい」と言われても、好奇心は止まらない。結局、深夜にもう一度その“未来を示す”動画を再生した。映像の中の俺は、いつものベッドにいない。台所の灯りがついていて、壁の時計は「3:17」を指していた。静かなキッチンの音まで入っている。

映像を最後まで見終えた瞬間、携帯の画面の外側で小さな違和感が起きた。身体がふわりと軽くなるような、布団の温度が変わるような感覚。はっとして目を開けると、なぜか立ち上がっていた。手にスマホを持ったまま、俺はテレビの反射に映る自分を見ていた。時計を見ると、部屋の時計はさっきと同じ「3:17」を指している。映像で見たことと、これから起きることの境目が溶けていた。

その日からループが始まった。動画を見れば見るほど、映像の中にある“未来”が少しずつ現実になっていく。逆に我慢して見ないでいると、何も起きない。送られてきたメールの一文が、やっと意味をもって襲ってくる。「見ないでいると楽だよ」。でも最後の夜、アップロード済みの一覧の小さな欄に気づいた。動画ファイルの横に小さく「最終アクセス:03:17」とだけ表示されていた。発信者は誰でもなく、差出人は──俺のメールアドレスだった。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

目次