スマホを開いたら、見知らぬ買い物リストがあった。画面の上にはただ一言「買い物」とだけ書いてあって、その下に「猫砂」「黒いビニール」「ガムテープ」「簡易包帯」「ライター」——全部、意味ありげに並んでいる。見知らぬ買い物リスト(メモアプリ)が自分のスマホに保存されているって、普通なら背筋が寒くなるはずだ。俺はスクリーンショットを撮って、友だちに投げた。「これ誰の?」って。
友だちからはすぐに「侵入されたんじゃね?」って返事。俺も最初はそう信じた。深夜〜明け方の時間帯に誰かが入ってきて、メモを残していったんだ、と。だから部屋を一通り見て回った。自室の床、クローゼットの中、本棚の裏まで。洗面所もチェックした。洗面所のタオルはいつもどおりだし、鏡に指紋らしき跡はなかった。なのに、キッチンのゴミ袋は妙にきっちり閉まっていて、いつもよりテープの使い方が几帳面だった。何かを隠そうとした手つきがそのまま残っているみたいで、気持ちが悪かった。
メモの作成日時を見ると、深夜二時。普段はその時間寝てる。だって朝は弱いし、夜遅くまで起きてるタイプじゃない。でもスマホには確かにロック解除の痕跡が残っていて、画面の指紋パターンは俺の指の形に一致した。指紋の跡なんて、普通は誰のかなんてわからないけど、俺はスマホのロック解除を自分がしてる姿を何度も見てきたから、あの出っ張り方や角度が自分の癖に見えた。友だちにはそれも伝えると、「じゃあ内部犯行じゃね?」って、逆に俺が疑われる方向へ話が転がっていく。
それで、購入履歴を見てみたら、やっぱり深夜に注文が一件あった。配送先は変わってない。注文したのは「黒いビニール」と「ガムテープ」だけ。決済はもちろん俺のアカウント。だけど、注文した覚えがない。メモの筆記体みたいな省略や語尾の癖も、なんとなく普段の俺の書き方と似ている気がした。クセっていうのは小さなことだけど、メールでもチャットでも自分でよく使う言い回しってのがあるだろ。そこが、メモと一致しているんだ。
管理人にも聞いてみた。深夜に共用スペースを通った人間はいなかったし、防犯カメラの映像も夜間は電源が落ちていた。「侵入」だとすると、どこかに足跡とか指紋とか、明確な痕跡があるはずだ。でも見つからない。代わりに見つかったのは、俺の寝室の枕元に小さな汗染みと、細かな土の粒。いつの間にかそこにある。タバコの吸い殻はなかったけど、洗面所のゴミ箱の底に白い簡易包帯の切れ端が落ちていた。見慣れないものだけど、どこか見覚えのある置き方をしていた。
俺は自分の記憶をたどろうとした。深夜に何をしていたか、何のために出かけたか。だけど歯車が一枚かけたように抜け落ちている。前に友だちが「睡眠中に行動する人」の話をしてたのを思い出したが、それは他人事だった。鏡の前で顔を覗き込むと、あのメモと同じ言葉遣いで自分が誰かに話しかけている気がした。きっと気のせいだ、と自分に言い聞かせる。
それでも決定的なものは、メモの中の最後の行だった。そこにはいつもの省略形で小さく「忘れちゃだめ」と書かれていた。普段俺がチャットの最後に付ける言葉と同じだ。違う人がわざわざ俺の文体を真似る理由があるだろうか。友だちは「誰かに冗談でやられたのかも」と言うけど、その線は薄い。指紋も注文履歴も、ゴミ袋の処理の癖も、全部こっちを示している気がする。
夜が明けて、俺はまたスマホを触った。メモの頭にある「買い物」というただ一言のタイトルを眺めながら、ふと気づく。あの日深夜、鍵はしっかり閉めてあったはずだ。というか、深夜二時、鍵は中からかかっていた。

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